【訪問!ESD実践拠点(2)】標津サーモン科学館(標津町)
道内には4館、サケをテーマとする施設(水族館・科学館)があります。カムバックサーモン運動が設立のきっかけとなった「札幌市豊平川さけ科学館」、さけ・ます人工孵化放流事業が開始された千歳川のほとりの「サケのふるさと 千歳水族館」と「千歳さけますの森 さけます情報館」、そして「標津サーモン科学館」です。
サーモン科学館を有する標津町では、科学館と学校の長年にわたる協働の蓄積で、サケの生態を学び、郷土への愛着を育む「教育」の取り組みが地域にしっかり根付いていました。またそれだけではなく、科学的な観点からの持続可能な水産業の推進(環境保全、産業振興)や、観光や地域間の交流、レクリエーションの促進(まちづくり)など、サケを旗印として、さまざまな分野がサーモン科学館によって結び付けられています。
今回は、2021年に開館30周年を迎える「標津サーモン科学館」を訪問し、副館長の西尾朋高(にしお・ともたか)さん(写真)に、標津町とサケの関わりや、科学館のこれまでの取り組みについてお話をうかがいました。
・標津サーモン科学館(標津町、1991年開館)
http://s-salmon.com/
・札幌市豊平川さけ科学館(札幌市、1984年開館)
https://salmon-museum.jp/
・サケのふるさと 千歳水族館(千歳市、1994年開館)
https://chitose-aq.jp/
・千歳さけますの森 さけます情報館(千歳市、2016開館)
http://hnf.fra.affrc.go.jp/sakemori/
※水産庁北海道さけ・ますふ化場千歳事業所として1994年に開館)
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― なぜ標津町にサケをテーマとした科学館が設けられたのですか。
サケは北海道を代表する食材です。その歴史は縄文時代にまでさかのぼり、標津町ポー川史跡自然公園(※1)内にある国指定遺跡「伊茶仁(いちゃに)カリカリウス遺跡」を中心とする、日本最大の竪穴群「標津遺跡群」からも多くのサケの骨が出土しています。また、先住民族であるアイヌ民族もサケ漁を生業とし、産卵のために母川(ぼせん)に回帰する習性を利用した漁法が発展してきました。その流れは現代にも受け継がれ、人工ふ化や保護活動が早くから盛んに行われており、自然環境保護の目に見える指標のひとつにもなっています。北海道各地の「サケの文化」は、北海道遺産(※2)に2004年に選定されているほどです。
[写真]館内の大水槽。2019年も多くのサケが訪れています
標津の地名は「大きな川」という「シ・ペッ」に由来するという説が有力ですが、「サケがいる川」という意味の「シベオツ」ではないかという説もあるほど、サケと関わりが深い地域です。実際にサケの水揚げ量が、数年にわたって全国1位を記録したこともあります。そうしたことから標津町は「サケのまち」として地域を盛り上げていくことを選択し、そのシンボルとして1991年9月にオープンしたのが「標津サーモン科学館」です。「サケ文化の伝承」「自然保護、資源保護意識の啓蒙」「教育の場の提供」「観光分野への展開」「町文化形成のシンボル」等、多様な目的、期待のもとに設けられている施設です。
※1 標津町ポー川史跡自然公園
https://www.shibetsutown.jp/shisetsu/art_culture/po_river/
・参考:北海道マガジン「カイ」, 2019/07/24, 特集「鮭の聖地」の物語~根室海峡1万年の道程,
「鮭でつながり合う北方古代文化の人々」
http://kai-hokkaido.com/feature_vol44_story2/
※2 北海道遺産:北海道の豊かな自然、北海道に生きてきた人々の歴史や文化、生活、産業等の各分野の
うち、次の世代へ引き継ぎたい有形・無形の財産が、北海道民全体の宝物として選定されている
・参考:北海道遺産「サケの文化」
https://www.hokkaidoisan.org/hokkaido_sake.html
― どのような展示や設備がありますか。
サケの生態から文化まで、サケのすべてに触れることができるのが、標津サーモン科学館です。季節ごとに、まちの主要産業を担うサケの生体を展示しているほか、標津周辺の魚たちも水槽を元気に泳いでいます。タッチプールの設置やエサやりなどの体験型展示の導入、大型スクリーンの設置等により、入館者の皆さんに楽しんでもらえるように工夫を重ねています。
この施設が町外からの観光客だけを目当てとした、単なる「水族館」ではなく、「科学館」であることは重要です。施設の裏手には「研究・研修拠点センター」が設置されており、町外の大学・研究機関との連携が根付いています。研究機関等とのネットワークは町の水産業の振興にも貢献しており、漁業協同組合やさけ・ます増殖事業協会などの関係機関、地元漁業者の当館に対する理解や協力にもつながっています。めずらしい魚が捕れたときには、帰港した漁師さんから当館に連絡が入ることもあります。展示魚の捕獲の際にも乗船させていただいています。まちぐるみでの支援、協力体制が整った、全国でも非常に恵まれた施設だと思います。
[写真]取材の最中にも地元の漁師さんから一報があり、標津漁港に駆けつけました
観光客の方々に大きな反響があるのは、チョウザメです。ロシアのアムール川などで産卵した後、海に下って回遊するという「ダウリアチョウザメ」という種類がいて、稀に北海道沿岸でも捕獲されます。道東等で捕獲されたチョウザメは当館が引き取っており、北海道大学大学院水産科学研究院との共同研究によって飼育試験にも取り組んでいます。
チョウザメに一本も歯がないことを体感してもらえるよう、自分の指をくわえさせる「指パク」体験が大人気です。稚魚から育てたチョウザメで実施して、体験証明書も発行しています。特別に当館職員が2メートル程の成体で、同様のショーを行うことがありますが、これはもう「腕ガブ」で一見の価値があります。一躍、話題になっています。
-「教育の場の提供」としてはどのような取り組みがありますか。
サケだけでは通年展示が難しいのですが、チョウザメの体験メニューが増えたことで、サケがいない時期でも来館者の皆さんに楽しんでいただけるようになりました。平成17年に町民向け年間パスポートが導入されてからは、お子さんとの散歩しながら週1回来館されるご家族や、年間60回近く来館される方、また町外の方でも月1、2回、お越しになる方がいらっしゃいます。
[写真]館内の様子。ガチャガチャで購入したエサを、パイプで奥まで送れる仕掛けも
地域の皆さんに何回も来館いただけるのは、当館のテーマが地域の産業の結び付きが強いことに加えて、開館当初からサケに関わる学校教育に積極的に取り組んできたことが理由にあると思います。地域の経済・社会・環境が交わる分野の中核拠点として、設置目的に沿った取り組みが継続されています。
教育旅行の誘致にも力を入れており、根室管内の小学生に加え、本州の小中学生も当館を訪問します。体験学習は小中高校生、大学生や一般の方も含めて年間70~80件、延べ約2,500人を受け入れています。地元の標津町立標津小学校では、20年前から児童・生徒の学習進度にあわせた「サケ学習」を展開しています。標津小学校の「サケ学習」は小学2年生の冬に始まります。卵から飼育し、3年生の春に稚魚を小川に放流。4年生で館内で調べ学習を行っている間に、放流されたサケは成長し、5年生のときには忠類川や当館の魚道水槽で遡上等を観察。6年生では人工ふ化や漁業について学習するという流れです。
サケのライフサイクルと、子どもたちの成長、学びがリンクしていることは大きな特徴で、学校の先生方と調整して、何年もかけてつくりあげてきました。三代にもわたって地域の皆さんが何度も来館してくださるのも、こうした継続的な活動があるからこそだと思います。これからも、サケをとおして地域の自然環境や文化、基幹産業である漁業を伝え、郷土を誇りに感じ、守っていく人たちが増えるように取り組んでいきたいと思います。
(2019年4月11日 聞き手:溝渕清彦)
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☆標津サーモン科学館
(指定管理者:特定非営利活動法人サーモンサイエンスミュージアム)
〒086-1631 北海道標津郡標津町北1条西6丁目1-1-1 標津サーモンパーク内
TEL:0153-82-1141 FAX:0153-82-1112
URL: http://s-salmon.com/
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[アーカイブ]
訪問!ESD実践拠点
(1)釧路ユネスコ協会(釧路市)
(2)標津サーモン科学館(標津町)