「気候変動と脆弱性の国際安全保障への影響」に関する円卓セミナー・フォローアップ検討会(まとめ)
1 フォローアップ検討会開催の背景
(1)G7における議論の経緯
気候変動は,地球規模の安全保障及び経済の繁栄に脅威をもたらすものとして,最も深刻な課題の一つとと捉えられている。2013年,G7議長国であった英国の主導によりG7各国の専門家会合が開催され,その後も,G7外相会合や作業部会において継続的に議論が行われてきている。
2015年,G7外相がシンクタンクに作成を委託した独立報告書「平和のための新たな気候」(A New Climate for Peace)においては,国家及び社会の安定に対して深刻な脅威を引き起こす可能性がある7つの気候脆弱性リスクを以下のとおり特定し,G7各国はこれらの諸点の外交政策上の影響について検討することとなった。
- ア 地域資源争奪
- イ 生活の不安定性と移住
- ウ 異常気象と災害
- エ 変わりやすい食糧価格と食糧供給
- オ 国境を越えた水管理
- カ 海面上昇と沿岸地帯の浸食
- キ 気候政策の意図しない影響
(2)G7議長国としての日本の取り組み
このような中,2016年にG7議長国を務めた日本は,「気候変動と脆弱性」のテーマについてG7各国内での議論を主導してきた。同年4月に広島で開催されたG7外相会合では,気候変動の脆弱性リスクに対して緊急に対処する必要性があることを認識するとともに,気候変動に対する地球規模の回復力を高めるために,脆弱性リスクを低減するという共通の目的に向けて行動することの重要性が強調された。
本年1月19日には,外務省が「気候変動と脆弱性の国際安全保障への影響」に関する円卓セミナーを開催した。同セミナーでは,難民,感染症,海上安全保障,防災,食料,海洋や水資源,金融やビジネスといった幅広い分野の専門家が約50名参加し,気候変動が及ぼす分野横断的な影響について活発な意見交換を行った。
日本政府がこのような気候変動と安全保障に特化した会合を開催するのは初めてであり、国内における議論を高めるにあたり,有意義であった。多くの参加者からも、この問題が多分野に関係する国際的に最も深刻な課題の一つであることについて理解を深め、様々な当事者による連携が重要であることが確認できたとの好意的な評価を得た。その一方で,時間的な制約から個別の論点や様々な分野の相互関係については詳細に検討することができなかった。政府としては、円卓セミナーで得られた知見は、今後のG7作業部会において活用していく考えであるところ,円卓セミナーでの議論をさらに深めるため,同セミナーに参加した有識者の出席を得て,フォローアップの検討会を開催することとした。
(3)フォローアップ検討会の開催
2月16,22日,及び3月1日,3回にわたり,多岐にわたる分野(エネルギー・資源,金融,防災,人の移動(感染症,移住),安全保障等)における気候変動の影響をどのように政策に反映させていくのかについて,各分野の専門家(研究者,シンクタンク,NGO関係者等)の参加を得て議論を行なった(参加者の一覧別添3)。
2 フォローアップ会合を通じて得られた具体的なアイディア
セミナーおよびフォローアップ検討会を通じ,気候変動により引き起こされる脆弱性リスクに対する強靱性(レジリエンス)強化のため,気候変動の適応,開発及び人道援助,平和構築の3つの主要政策セクターにおいて必要な行動に対して,G7作業部会への提案の可能性を視野に入れつつ,以下の有意義な示唆を得られた。
政府としては,これらの示唆や提案を踏まえつつ,日本としてG7外相プロセスにおける気候変動と脆弱性に関する議論において,具体的なアイディアを提案するとともに,日本が取り組む具体的な方途について検討していく。
(1)アジア地域における気候変動と脆弱性に関するケーススタディ
- ア 気候変動と脆弱性の観点からアジア大洋州地域における台風被害等の自然災害がもたらす複合的問題を検討することは,日本国内だけでなく周辺諸国において,この問題の重要性に対する関心を喚起し,政府部内で具体的なリスク評価や対策に関する政策を検討する契機となる観点からも有益である。気候変動リスク予想から早期警報,減災対策まで,地域としていかにシームレスに取り組んでいくか,というケーススタディを通じた理解を共有することにより,強靱性(レジリエンス)を高めることができる。様々な分野での脆弱性の事例を集めることにより,問題の可視化を図ることが可能となるのではないか。こうした分野について,これまで日本が行っているアジア大洋州諸国への様々な協力も関連づけることにより,日本による具体的な支援とも位置づけられると考えられる。ケーススタディの一例として,気候変動により激甚化した台風被害が,珊瑚礁の破壊をもたらす,または,漁獲量の減少や魚種の移動により,漁業・海洋資源を巡る紛争や人の移動による社会不安が発生するという適応政策の必要性が挙げられる。一般化すると,気候変動により激甚化した自然災害によるコミュニティーへの被害による人の移動や経済的格差の拡大に対応するため,レジリエンス(強靱性)の強化が必要となる。
- イ 考慮すべき点として,科学的データの入手の可否(漁業資源データ,自然災害の激甚化は気候変動の影響であるのか,また各事象に関連性はあるのかといった点に関する科学的根拠,複数のデータを複層的に使用できるのかといった実際的な課題等)が挙げられる。また,気候変動が紛争要因となっていることにつき理解を深める必要がある。
(2)自然災害の将来予測マップと紛争等のリスク・マップを組み合わせた分析による政策形成
- ア 気候変動による将来予測(地理的な変化)と各地域における資源・民族・経済・社会等の対立要素・可能性を重ね合わせた将来のリスク・マップを組み合わせた分析による政策立案については,実際にどのようなリスク分析を行うのか,政策に反映するためにどのような分析・意思決定の枠組みを構築するかといった課題はあるものの,問題を可視化するのに有益である。
- イ 気候変動の原因と実際の被害の発生する場所が離れている場合や自然災害発生直後と中長期的に発生する様々な状況につき,異なる時間軸の分析について考慮する必要がある。
(3)複眼的・長期的視点の重要性
- ア 短期的な最適解は長期の視点からは最適解とならない可能性があるため,超長期(2100年),長期(2050年)の視点から,バックキャストして短期的政策を検討することが重要である。また,気候変動は「持続可能な開発目標」(SDGs)の諸課題を含め,様々なリスクに関連していることから,複眼的な視点を持つことが重要である。他方,最適解を講じると,それによって次なる課題が生じるとの考え方もあることから,1つの分野のみでの最適解を目指すのではなく,様々な分野課題での現実的な解決に資する政策を検討する視点が政策立案には必要となる。
- イ 援助の現場では目前の事象に対応することに注力するあまり,その遠因となっている気候変動等の事象にまで配慮が及ばないのが実態となっている。多岐にわたる課題に横串を通す作業が重要であり,その観点から,目前に事象にとらわれることなく分析が可能なシンクタンクからの情報提供は有益である。
(4)「気候変動により引き起こされる脆弱性」の定義と理解の促進
- ア 脆弱性(fragility)を議論する際には,抽象論に終始しがちであるので,具体的なアプローチをとることを意識すべきである。たとえば,新たな環境負荷により,社会のレジリエンスが低下した時や変化が加速した時に感染症が蔓延する。対応能力に限りがある国やコミュニティーは,緩慢な変化には対応できる余地はある一方,急激な変化に対応することが困難な場合がある。その意味でも多くの途上国は,気候変動から発生する諸課題に対してより脆弱性を抱えている。
- イ エネルギー問題は緩和だけではなく,脆弱性についても考慮すべき要因である。再生可能エネルギーの活用は,有限の化石燃料を巡る争奪や紛争を回避するという点でも有益である。
- ウ 脆弱性は多面的であり捉えづらい概念である。政策立案者のみならず,実際に適応に関する支援を行う援助の現場や一般の人にも理解を深めてもらう必要がある。例えば,対外的な発信力がある気候キャスターと連携することも一案。日々の天気についてだけではなく,長期的に気候を捉え,気象について分かりやすく説明したいと考えているキャスターも多く,過去に国連とWMO,IPCCとともに啓発のための活動を行ったことがある。発信を行う上では2050年を担う若年層を対象とする広報の重要性を認識する。人口動態と気候変動といった視点も必要である。
(5)脆弱性を議論することの意義
- ア 米国海軍は,温暖化による海面上昇や自然災害の頻発が運用面にどのような影響があるのか,北極海航路による軍事的意義といった観点から分析している。米国以外の国は,気候変動が開発政策に及ぼす影響という観点からの分析が中心である。各国の知見を共有することで地域比較や分析・評価などが重要である。気候変動は脅威乗数(threat multiplier)であり,気候変動そのものが脆弱性を発生させる各種の紛争や問題の直接的・最大の契機であるとは限らない点には留意する必要がある。
- イ ここ2,3年で,経済界で気候変動を含む環境問題をビジネスと捉えるようになってきている。経済界トップに問題意識をもってもらうためには,安全保障の観点から気候変動について理解してもらうことが有益である。
(6)金融リスクとしての気候変動
- ア 気候変動対策において,金融が果たす役割は大きい。気候変動も含まれている「持続可能な開発目標」(SDGs)の達成までには,2030年までに90兆ドルが必要という試算もある。公的資金だけでは対応不可能であり,民間資金をいかによびこむかが重要。また,気候変動はカントリーリスクにも影響する。
- イ 気候変動が,金融制度の安定性に悪影響を及ぼす可能性もある。気候変動については,大規模災害が発生したような場合に,金融システムそのものに被害が及ぶ(市場が機能しなくなる)というだけでなく,災害に対応するための保険が支払えず,保険会社が倒産するといったより深刻かつ長期的な問題にもつながる。これは,災害後の次の保険の利率が上がるという問題とは別の問題である。
- ウ 排出権取引が導入されたときにも保険商品が出回ったがあまり活用されなかった。損害の発生頻度が非常に低く,あまり普及しないので高額。気候保険は必要であるが,問題の解決策ではない。適応はむしろビジネスチャンスと捉えるべき。グローバルに展開する日本企業にとって,世界的リスクに対する関心は高い。
(7)科学と政策立案
- ア 全球気候モデル(衛星を用いた分析とシミュレーション手法)について,研究機関から政策立案者へのインプットができると考えている。また,超長期的なタイムスパン(2100年)からのリスク分析については,研究機関が果たす役割は大きい。様々な分野における研究結果が,政策立案者へのフィードバックされることが重要である。
- イ 食料安全保障は普段の生活に直結するテーマであり,気候変動による脆弱性についての理解を深めるのに有益。また,日本の強みとなる技術のさらなる活用ができる分野も重要であり,科学技術,早期警報システムを含む防災分野の知見をもっと活用すべき。
- ウ 地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)や科学外交といった試みが個別に行われるのではなく,気候変動の横串を通して包括的に実施されるべきであり,外交ツールとしても最大限活用すべきである。
引用:http://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ch/page23_002001.html