対話の場づくりと協働

霧多布湿原~自然保護から持続可能なまちづくりをめざして~

子どもクラブ無人島

3,168ヘクタールの広さをもつ浜中町の霧多布湿原。「きりたっぷ」と読 みます。初めてこの漢字を見たとき、正確に読める人はほとんどいません。アイヌ語で「ヨシを刈る場所」という意味のこの湿原は、釧路湿原、サロベツ湿原に続き、国内3番目の広さを誇ります。5月のミズバショウから始まり、ワタスゲ、エゾカンゾウ、ノハナショウブなど季節によって様々な花が群生し、「花の湿 原」と呼ばれています。また湿原周辺部では世界最小の哺乳類「トウキョウトガリネズミ」が発見されています。霧多布湿原の特徴の一つは、湿原のすぐそばに人の生活があることです。窓を開ければ季節の花々を見ることができ、買い物の行き帰りにエサを探すタンチョウと出会うこともあります。貴重だけれど、とても身近な自然が浜中町には残っているのです。私達は、この湿原をみらいの子ども達へと残していくために、豊かな自然を活かし、楽しさを尺度とした持続可能なまちづくりを目指して活動しています。


●自然保護~ナショナルトラスト運動
霧多布湿原は総面積3,168ヘクタールの3分の1にあたる約1,200ヘクタールが民有地となっています。活動当初の民有地を「借りる」という方法から、 2000年のNPO法人化以降は民有地の買い取りによる保全を行っており、20年間の活動の中で現在までに348ヘクタールの湿原を保全しています。20 年以上の地道な活動の成果として、昨年度初めて土地を寄付してくださる地主が現れたことは活動の励みとなっています。
また自然性が高い生態系を確保するためには、現在ある自然を保全するのみならず、失われた自然を復元することが重要と考え、家屋や土地の造成などで埋め立てられたり壊されたまま、現在使われていない湿原を元に戻す実験を行って います。まず使われていない廃屋を地域の中学校の総合学習の時間に合同で撤去し、時間の経過と共に湿原がどのように再生していくのか、また再生しやすい環境とはどういったものなのかといった記録を2001年から継続してとっています。
2004年には霧多布湿原の価値を学術的に検証するため「霧多布湿原いきものリスト」を作成し、湿原の保全やエコツーリズムの資源、ガイドコースの利用にも役立てています。霧多布湿原とその周辺部の環境の植物、動物、昆虫、魚類などを一通り網羅しており、この調査によって世界最小の哺乳類である「トウキョウトガリネズミ」が見つかりました。
 
●地域振興~環境教育、エコツーリズム
買 い取りを終えた土地の一部では、地域の住民や全国の会員などのボランティア作業によって、木道の作成や、補修作業も行っています。最近では研修も兼ねて企業からのボランティア参加も増えてきています。木道は湿原への影響を最小限に抑え、また旅行者がむやみに湿原内に入らないよう人の流れをコントロールする役割があります。また、インタープリターが旅行者などに湿原の魅力を伝え、地域の人々が木道を自由に散策し、湿原を気軽に楽しむことが可能となり、地域の 小中学校の総合学習でも湿原学習などで活用されており、湿原の価値を伝える啓発活動のための役割を果たしています。
 
活動当初より毎年多くの修学旅行の受け入れを行っていますが、いくつかのプログラムは漁 師、酪農家と協同で行っています。このような漁師や酪農家がガイドになるエコツアーは、地域の食材を消費しガイド料が発生するだけでなく、様々な波及効果 を生んでいます。一次産業に従事している人々の技術や知恵は素晴らしいものがあり、普段何気なくしていることが、都会の人々に喜ばれます。購買者の顔が見えにくい一次産業に従事している人にとって、その喜びはとても大きく、仕事に対するやりがいに変わります。またホームステイ型の修学旅行も、当NPOが窓 口となり地域の人々の協力を得て10年以上続けています。現在までに4,000人近い人数を受け入れていますが、10年以上前の生徒と未だに交流のある家庭も多く、受け入れる側の地域の人々は、町外から来た生徒に対して町の良さを知ってもらおうと、自分の町を見直す作業を行い、旬のおいしい食材、景色のい い場所、時には風習などを生徒に伝えています。生徒の感動する姿を見たり、感動した話を聞いたりすることで、自分の町の良さを再認識します。これもやはり まちづくりの重要な要素です。
 
最近では、月に一度霧多布湿原センターにて「ワンデイシェフ」という食事のイベントを開催しています。町内の誰もが料理人となり霧多布湿原センターにて限定 20食の自慢の料理を披露しています。「地元の食材をなるべく多く使用する」ことを条件に、第二日曜日に開催されています。このイベントでは地域に特に2 つの効果が生まれています。1つは地域の食材を用いることで産業の振興と発展ということ、もう1つは地域が元気になることです。料理を披露するシェフはほ とんどが地域の主婦層ですが、一般の人々に自慢の料理を披露し、喜んでもらう感動は中々味わえるものではなく、地域の人々の元気を生み出すイベントとして 毎回完売と好評を得ています。
 
さらに、子どもたちへの環境教育の重要性を考え、浜中町と近隣の小学生を対象に、月に 1,2度の自然体験活動を行っています。会員制で現在では130名以上の登録があり、町内の小学生が300名程なので、いかに地域の支持を得ているかがわ かります。地域の方々を講師に招き、湿原の散策や、釣りざおを作って釣りに出かけたり、無人島の探検などの活動を行っています。浜中町の暮らしや自然の魅 力を見つめ直し、「自分の町の自慢ができる」ことを目標に活動を続けています。2006年度からは浜中町教育委員会の後援もいただき、浜中町にとって大切 な環境教育活動として認められています。このような地域と一体となった活動が認められ、第三回エコツーリズム大賞の大賞を受賞しました。
 
●北海道の東端から全国へ~都市と地域をつなぐ仕組み作り
20年 前に我々の活動が始まった当初は「湿原を楽しむ」ことから始まりました。残していきたいこの湿原を、塀で囲うのではなく、この湿原を好きになるファンを増 やしていこう、それが霧多布流の自然保護活動でした。現在では全国に個人会員約3,800名、法人会員150団体、また全国の会員の中から「霧多布湿原 ファンクラブ」が北海道、東京、博多、鹿児島に発足しています。全国に広がるファンクラブは、「守るのは地元、支えるのは都会」を合言葉に個人、法人会員 の紹介や、浜中町を訪れるエコツアーの企画、募集を行っています。長年の「ファンづくり」という活動は、現在では「ファンがファンをつくる」自発的な活動 へと発展しており、都心部でのこのような動きは、地方でのNPO活動にとって大変心強い存在です。

また企業とのパートナーシップに加え、近年では東京都多摩動物公園や円山動物園とのパートナーシップを結び、多摩動物公園では浜中町を紹介するイベントが開催されるなど、新たな広がりを見せています。トラスト活動を紹介する企業向けのツアーや、ボランティア活動なども少しずつ増えています。

私達は浜中町という人口7,000人の小さな町だからこそ出来ることがあると考え、市民が主体となり、行政、企業、都心部に暮らす人々と協同で、まちづく りに取り組んでいます。霧多布湿原の保全、漁業と酪農といった産業の活性化、子ども達の教育と新たな雇用の創出など、「まち」が持続可能な取り組みを目指 して、これからも少しずつ活動を続けていきます。(執筆:阪野真人)
 
自然保護から持続可能なまちづくりをめざして 霧多布湿原

自然保護から持続可能なまちづくりをめざして 霧多布湿原